ハロプロDD soramiの囁き

ハロプロについて、あれこれと思いを綴ります。

カントリー娘、カントリーガールズという不思議な存在の過去と未来

 ハロプロの中で、カントリー娘、カントリーガールズというグループ(以下カントリーグループと称す)は、きわめて特異な存在である。それは、簡単に言えば、グループとしての枠組みが緩やかであるということである。これは意図的であったか、たまたま結果としてそうなったかは、わからないが、今回の新体制については、まぎれもなく、カントリー娘時代からの歴史と、カントリーグループの特異性を意図的に利用したものであると考えることができよう。


 具体的に言えば、カントリー娘の時代においては、モーニング娘。からの派遣がしばしばあり、モーニング娘。との融合体として、歌われた曲が複数あるということである。これは元々は、カントリー娘という箱の存続のために、活動の場を保証するという意図があったと考えられる。モーニング娘。からの派遣は、その派遣された者のファンたちを当然、カントリー娘へと誘導し、その結果、一定の売り上げが保証されるからである。そしてこれは、今回の新体制におけるカントリーガールズのメンバーによる、他のグループとの兼任というのは、逆のベクトルであるが、カントリーガールズの存続を保証するという点では同じ形になっている。


 以上のように考えると、ハロプロにおいて、カントリー娘という箱は、モーニング娘。についで、維持することが絶対的に求められているグループではないか、という仮説がここで成立する。そして、この仮説の正しさをうかがわせる事実が複数ある。1つ目は、カントリー娘にはメンバーの不幸な出来事や、不祥事などが次々と起こり、人数が少なくなり、里田まい一人だけになってしまったにも拘らず、解散や卒業という形で、箱の終了が行われていないという事実である。


 そして2つ目は、殆ど活動がなくなっても、箱を終わらせるどころか、オーデションを再度し、それで合格者がなかったということで、再建をあきらめることもなく、モーニング娘。のオーデションの最終エントリーに参加した実力者を集め、更に嗣永桃子という、アイドルのプロをPMとして参加させるという、大幅な強化をした上で、再登場させている事実である。これらは、よほどカントリー娘というグループに思い入れがないとできないことであろう。そう考えれば、一度目のオーデションで合格者がなかったというのも、なかったというよりは、高いレベルの者を集めようとしていたが、それに足りる者がなかったという結果でもあろう。これはモーニング娘。13期にどうしてこの2人が選ばれたのか、というのと同じである。


 さて、カントリー娘改めカントリーガールズは、異例のことが次々起こる。マイナーを経ずにいきなりメジャーデビューをしたり、人気の中心が契約上の問題で、デビュー数か月でいなくなったかと思うと、研修生の中での実力者をすぐに参加させたり、また、病になった者を卒業はさせたが、ハロプロには留め置き、病の回復を待って、再度活動を始めさせたり、PM卒業後は、本体の維持のために、リーダー格の実力者を残す一方で、主要なグループへとメンバーを派遣し、兼任させることで、各グループを活性化させるとともにに、各グループのファンをカントリーに還元させ、存続を保証しつつ、更に万が一、本体の二人に何かがあった場合に備えての、カントリーグループ存続の種も残すという風に、過去のカントリー娘の活動の縮小の失敗を踏まえて、グループの活動が一定レベルで継続できるように、配慮されているのである。
 こういう点を考えると、多くのオタが、今回の新体制をカントリーガールズ解体として捉えていることが、いかに大きな間違いであるかがよくわかる。


 さて、経営者側のカントリーグループ存続への熱意が何に由来するかは、更に検討する必要もあるが、ハロプロ研修生北海道と稲場愛香の復帰、そして北研のリーダー的な存在となるというのは、やはり、カントリーグループ存続と大いに関係があると考えるべきだろう。


 まなかんは卒業した以上、カントリーに戻ること自体は難しいが、OGとして、研修生を鍛え、その鍛えられたメンバーが、カントリーの3期生以下続く、となっていけば、カントリーグループは、後継者養成という形でも、東京の本体研修生がカントリー以外のグループのメンバーを提供するのと対の形となろう。


 また、カントリーグループの箱としての緩やかさから考えれば、嗣永桃子ベリーズ卒業後、カントリーのPMとして参加したように、カントリーガールズが北海道に来た時だけは、真カントリーガールズとして、まなかんも参加するという形も可能だろう。私がハロプロ経営者なら、そう考える。あるいは、カントリーガールズのメンバーたちには、もうそういう話が、まなかん卒業の段階で、可能性として、言われているかもしれない。彼女たちのまなかんへの触れることの少なさは、むしろ重大な計画を隠すためではないか、そういう期待もしている。

夏のハロコンが終わっての、新体制の状況―特にカントリーガールズの5人娘の状況―について、経営者的な視点で思うこと。

 新体制に対しては、6月、7月と様々な批判があったが、ハロコンでの、カントリーの5人の各持ち場での対応力や、新しい場のメンバーの受け入れ態勢の整いにより、批判は薄れ、むしろ評価する声が高まりつつある。

 

 私自身としては、このブログで何度も書いてきたように、この新体制は、ハロプロ卒業後も面倒見がよいこの事務所の、卒業後にタレント活動を継続しない者が増えつつあるという状況を踏まえての、各メンバーの将来を見越した経営者としての配慮であるという点で、まず、評価している。
 モーニング娘。の初期の頃とは変わり、今は、カントリーのメンバーだけではなく、多くのグループのメンバー(研修生も含む)は殆ど全員が、高校での学び、高卒後の大学進学や大学での学業とタレント活動の両立の問題を抱えており(通信制に行けばよいといった問題ではない)、かつ、これは、ハロプロ卒業後の自分の将来の進路選択にも関わる大きな問題でもある。特に専門職に就きたければ、それなりの大学に進みかつ、大学でも勉強を続ける必要があるからである。
 青春時代という大事な時期をアイドルとして活動してもらう以上、その先については、各自の進路希望に配慮したいというのは、事務所の誠意であるし、又それを見せることで、タレント側も、今の仕事に責任を持って取り組もうということにもなろう。そして、特に勉学に励みたい者にも、卒業やグループ解散といった方向ではなく、アイドル活動と勉学の両立が図れる仕組みを提供したということで、今回のことは画期的であろう。
 また、せっかく今まで様々な形で手間暇をかけて育ててきたタレントが、進路の問題でやめてしまうというのは、企業経営という面から言っても、問題が多いのである。特にカントリーは、嗣永桃子によって、鍛え上げられた精鋭であり、これを解散させたり、卒業させてしまうのは、あまりにももったいないことである。
 考えてみれば、今までも、シャッフルではなく、様々なグループが、作り出されてきたが、卒業や解散公演をして、きれいに終わったものもあるが、何となく活動しなくなってしまったグループもある。そしてそのグループのメンバーの力は、他のグループに活かされることなく、失われてしまったという例も多い。
 そういう過去の失敗も踏まえて、嗣永の薫陶が最大限に意識されている、6月の終わりに、カントリーの今後の活動と新体制を発表したというのは、非常に戦略的に考えられたものと思っている。大勢の社員を抱えて、その家族に対してすら責任を持つ経営者が、一時の感情や思いで行動するわけがないということを、もっと理解しておく必要があろう。

 

 さて、私は現場に参加はせずに、映像やツイッターなどからの情報をもとに、ハロプロを楽しんでいるという、現場重視のオタからすれば、わけのわかっていない在宅、という立場である。(この現場参加のオタと在宅の対立の構図というのも良く見られるが、全く建設的ではないと思う)ただし、現場から離れている方が見えてくる面もあるということも、在宅否定主義のオタクにはわかっていてほしいとは思う。
 その手にした様々な情報を、総合的に考えた、現時点でのカントリーガールズの5人の状況について、経営者側の意図も汲みながら、示してみたい。

 

 カントリーの3人に関しては、まずは、梁川が、新曲の発表、デコだしをやめての美少女化、ゆかにゃの母性化、そしてかりんの病気休場の中での単独ライブやハロコンでの責任の増加といった流れの中で、5人体制で長く続き、一番抵抗感の有ったジュースファミリーに受け入れられるだけではなく、新たなオタをジュースに取り込むことにも成功し、7人での新しいジュースの象徴的存在となり、グループの中で独自の位置を占めつつある。そういう意味で、彼女はジュースのトリックスターとしての役割を着々と進めている。そして事務所側もその発展の動きをさらに進めるべく、2度目の武道館コンサートも発表している。今後は、海外公演、武道館に向けて、7人体制としての新しい形をどれだけ固めていけるかが問われよう。

 

 次に出てきたのは、森戸である。モーニング娘。はもともとテレビなどでの露出も多かったが、彼女がロコドルから、モーニング娘。になったという経緯は、テレビや雑誌などでも、ドラマとして取り上げやすく、ドラマ好きの多くのモーニング娘。のオタ(そもそもモーニング娘。自体が不遇からの出世というドラマを体現している存在)からも、評価されている。確かに人数的には埋没してしまいそうだが、彼女のダンスという所に焦点を当てる演出が意図的にされており(例えば歌謡祭でのジェラシーの際のダンスシーンへのカメラワークや、ハロステでの練習風景―そこにダンスのうまい石田と譜久村を助っ人に出してくるなど、森戸のダンスということを強調する演出以外何もでもない)、これからのライブでも、森戸のダンスに注目させるように仕向けている。
 モーニング娘。に関しては、今の時点では、人数から言っても、ダンスができるということが評価基準になっている。加賀や横山といった研修生を選んだのも、歌ではなく、ダンスがそれなりにできるということで選ばれた可能性が高い。歌に関しては、個人として歌えるかどうか以上に、斉唱におけるバランス(声の質としての)とリズム感を考慮して、メンバーが選ばれていることは確かである。そしてこの傾向は、グループの人数を10人以上で行くなら、しばらくは続くだろう。
 森戸の歌に関しては、緩いテンポの柔らかい曲ではまだまだ単調になるが、強めのアップテンポの曲に関しては相性も良く、それなりに声量も出せ、印象に残るような歌い方もできるので、そういう曲や場面で、飛び道具的に使われるのかなと考えている。
 
 さて、兼任組で一番最初の印象が弱かった船木であるが、彼女も写真集の販売、CMへの登場、更に横山と組んでの「ミンミンロッケンロー」の発信などで、その存在がクローズアップされてきた。ただ、梁川や森戸と比べて、グループとしての活動という面では、少なかったので、グループ内での役割がよく見えていない面があったが、音霊のライブでの「七転び八起き」において、めいめいの歌っていた一番の締めを、彼女が太くて力強い声で歌い上げていたのを見た。これで、めいめい引退後のアンジェルムに欠けていた、パワフルな芸達者(竹ちゃんもパワフルだが、低音が弱い)という役割を担うということが、はっきりと示されたと思う。私の個人的な願いとしては、できるだけ早く「新日本のすすめ」で、「八兵衛」を歌うのを聞きたい。

 

 さて、長くなってきたが、山木、小関の学業専念組の方も、ハロコンで、まことと一緒にMCをするということで、嗣永からの直伝のマイクパフォーマンスを、更に鍛えるとともに、二人のMC力のすごさや面白さ、更にはMCという面の重要性についても、各グループの構成メンバーに意識付けることができたと考える。
 歌やダンスは大事だが、ライブはそれだけではなく、流れを見通したMCというのはとても大事であり、その第一人者であった嗣永が引退した以上は、それができる者を増やしていく必要があり、この二人は特に白羽の矢が立てられたということになろう。そしてこれは同時に、MCがうまくなるには、取材が必要であるし、様々な情報を仕入れる必要があり、それらはすべて学業とも関わってくることである。つまりは、事務所としては、学業優先で行く者については、MCやライブ全体の構成などの企画力を高めることを期待しているということであり、今回の二人の抜擢はそういうメッセージを出しているということでもある。二人は今回のハロコンでの体験を踏まえて、次の冬のハロコンではさらに上達したMCを見せてくれるのではないかと思うし、さらには、彼女たちの企画したコーナーなども作られるのではないかと考えている。

 

 今後のこの5人の活動を、楽しみにしながら見ていきたい。

新体制から見える、ハロプロ経営陣の考えている今後の戦略

 今年がモーニング娘。20周年、来年がハロプロ20周年ということだが、モーニング娘。20周年については、特別なことをするという感じが今はないが、来年の20周年ということに関しては、1つの区切りであるとともに、ハロプロ新体制の構築ということで、次の20年の継続のための戦略を、今年から打ち出しているというべきだろう。


 20年間の歴史の中で、ベリーキューのキッズたちは約15年間関わってきていて、ある意味ハロプロの歴史を体現してきたと言えよう。だからベリーズの無期限の活動停止、キュートの卒業、そして嗣永桃子の卒業兼芸能界引退というのは、ハロプロの今までの歴史の積み重ねを体現してきた存在が全て消えたということである。
 もちろん、彼女たちは研修生の帯同や、活動停止後のつばきファクトリーへの指導、カントリーガールズのPMという形で、後輩たちに、その歴史や心構えを、言葉だけではなく、行動でも伝えてきた。
 しかし、今年の6月をもって、彼女たちが直接的な影響を与えられるという状況は、ほぼ失われてしまった。


 さて、そういうことを踏まえての、ハロプロ新体制であるが、この意図は、従来の在り方を、時代の状況と未来を踏まえて変えることで、従来の各グループ内で固定化さている多くのハロプロヲタの意識や行動の破壊と再構築を目指したものであると考えている。以下、具体的な例を挙げつつ、考察してみる。
 今回の新体制はハード面とソフト面の双方の改革があると考える。


 ハード面では、CDではなく、配信という形を、今後は中心にしていこうとするという改革である。これはある意味、現代の時代状況に合わせての改革であり、レコードやCDというアナログ的なものの発信から、音楽情報というデジタルの発信を中心とするという変革である。もちろんこれは、AKBグループによる、音楽CDの売り上げ数の示す音楽的な価値の破壊という状況を踏まえての、脱CDであるとともに、CD販売促進のイベント参加に伴う練習不足や心身の負担を軽減するという目的もあるはず。更には新しい形で音楽の発信を行うとともに従来の発信の仕方も変えるということになる。
 今は発表されていないが、おそらく来年にかけて、MVなどの配信に関しては、無料のショートVerは宣伝として提供する一方で、完成版は有料にして提供するのではないかと考える。私個人としては、CDはライブver限定として販売してくれれば、MVと配信とCDを全て買うのではないかと考える。


 ソフト面では、これまで行われてこなかったグループ間の兼任という形で、各グループの垣根を壊す改革である。そしてこれは、そのグループヲタという、グループを時間的、空間的に固定することで作り出されてきた、閉鎖的な存在を、再構成しようとする意図もある。
 そして実際、モーニング娘。アンジュルム、juice=juiceの3つのグループには、今までにはいなかった層が、関心を持ち出し始めている。こういう流動性がなければ、新規のファンを呼びこむとともに、旧来のヲタにハロプロの他のグループの良さを知らしめることはできなかったと考える。要するに特定のグループヲタをハロプロDDに変えていくために今回の新体制が作られたという面があったということである。
 そしてこの動きは、今年から来年以降も更に続くのではないかと考える。つばきは別として、他のグループ間で、兼任が数名出て来てもおかしくはない。ただしこれはカントリーの3名の結果次第の面もあろう。彼女たちは、未来の先取りの存在として、一番に動かされたのである。


 ところで、この新体制を否定的に捉える者もいる。その理由は各グループの固有性、個性がなくなるというものである。あるいは兼任者の心身の負担、あるいは、そのグループの従来のメンバーと兼任者の関係性が混乱するのではないかという心配もある。しかし、グループの個性に関しては、それらの新しいメンバを加えて新しい形を作っていこうとすればよいだけのことで、個性を今まで通りのまま固定化させようとするのは、ヲタの流動への対応力のなさとハロメンに対する信頼不足であろう。心身の負担に関しては、今回のモデルケースを踏まえて、どの程度のレベルで兼任させるか、誰を兼任させるかという適性も踏まえて検討されよう。関係性については、兼任が通常化すれば、混乱は生じなくなるだろう。


 いずれにしても、今後20年、ハロプロを継続させてゆくという、経営者からの強い意志が示されたのが、この新体制の発表だったと思う。批判されることは予測できていたはずだし、この結果としてヲタが減ることも織り込み済みというか、それで外れてゆくヲタなら、次の20年間は支えてもらえないという見切りもあろう。何を最優先にするかー今やこれからのメンバーの活動を支え、会社の業績を維持し続けることーということを考えた結果としての行動であろう。


 最後に、一岡の新グループは来年メジャーデビューで、今年の下四半期にマイナーデビューさせるのではないかと考えられる。一岡がリーダーというのは確定しているが、もしかすると誰かOGを、カントリーの嗣永のように、時限の決まったPM的な存在として、投入する可能性がある。カントリーはPM導入に関しては、よいモデルケースになったはずである。PMになりえる可能性としてはキュートの鈴木かな。そしてメンバーは、今の研修生2,3名と、今度のオーデション合格者で、PM込みで最大6名という所か。


 今回の新体制の意図を、経営戦略の方向からそれなりに考察した意見を見たことがないので、以上色々と書き連ねたが、とりあえず、juice=juiceに関しては、スタートダッシュがうまくいっていると思う。経営陣の人選の適切さとタイミングと曲の良さが一体化するとどうなるのか、という好例だ。

私が嗣永桃子さんを知ったきっかけ

 前回、私がハロプロのアイドルに興味を持ったきっかけが、℃-uteの「江戸の手毬唄Ⅱ」であったという話をしました。


 でも、これで℃-uteハロプロの他のアイドルにはまったかというと、そんなことは無く、というか、当時は、アイドルというものを軽く考えていたので、こういうのもありだなという程度でした。

 

 私がハロプロDDになる大きな契機となったのは、BuonoのあるPVを見たからです。それは彼女たちのデビュー曲でもある、「ホントのじぶん」の本編とダンスverでした。


 先に出逢ったのは本編でしたが、この時は歌や歌詞がいいなというのと、3人組の中の1人って、キュートの中の一人によく似ているなあ、ということで、それが鈴木愛理さんだと知ったのは、もう少し先です。

 

 私が本当に驚いたのは、たまたま、これにはダンスverもあるということを、ようつべを見ていて気づいて、それを見た時のことです。
 体育館の中で三人が歌を歌いつつ踊っているだけのPVでしたが、その中の一人に思わず注目してしまいました。

 

 身長は一番低いけど、ダンスに全身を使った躍動感があって、いかにも心からこの曲を歌い踊ることを楽しんでいるという様子が見えました。小さな体なのにこんなパワーというか生命力を秘めているのか、と感心しました。

 

 このダンスverをダウンロードするために、慣れないコンピュータの色々なソフトについて勉強も始めました。そして、何度も何度もPVを見ました。

 

 これが私が嗣永桃子さんを知ったきっかけであり、ハロプロDDになりはじめたきっかけです。

 

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江戸の手毬歌Ⅱーファンの評価と世間の評価のずれー

「℃-uteのメジャー6枚目(通算10枚目)のシングル。2008年7月30日に発売された」とWIKIに書いてあるが、

 今の時点において、この曲が℃-uteの歌の中でどういう評価をされているのか、その参考になるのは、℃-uteがシングル曲の全曲披露を行ったコンサートで、この曲だけ1番すら完全に歌ってもらえなかった、という扱いである。

 確かにこの歌と「暑中お見舞い申し上げます」の2曲のみ、カバー曲であり、オリジナルではないので、ファンの視点から言えば、評価が低くなるのはやむを得ない。

 

 しか、一方で、2012年の「神聖なるアルバム」では、愛理のソロで、ロック風にアレンジされた形で再録されており、わざわざ撮り直しをされた数曲のうちの1つであるという点で、プロダクション側としては、それなりの思い入れのある曲であることは確かであろう。

 実際この曲は、五木ひろしという同じプロダクションの中での大御所の曲ー本来は演歌ーを、つんくがわざわざ依頼して、カバーさせてもらった曲でもあるという、非常に異色な面を持っているのである。

 更に、この曲は作詞大賞やレコード大賞という権威ある賞において、優秀曲として評価されており、ファンと世間の評価が大きくずれている曲の最たるものだと思う。

 

 私がこの曲において高く評価している点は3つある。

 1つ目は歌詞である。吉岡治の作詞であるが、江戸の名物、江戸時代の故事を数え歌として、リズムよく並べており、現代の子供たちの遊びの中で、消えかかっている手毬や手毬唄を、蘇らせようとする、文化的かつ教育的な意図が込められており、

小学校の総合的な学習の時間において、実際に昔の手毬歌と共にこの歌を教えて、手毬唄や手毬唄遊びを継承していくべきだと考える。

 

 2つ目はリズムである。WIKIにも書いてある通り、「現代風にアレンジしたブギウギ風の曲として」昔ながらの手毬歌のリズムを生かしつつも、現代風のしゃれた感じも含まれており、不易流行が意識されている。

 

 3つ目はダンスである。ダンスには歌舞伎や日本舞踊的な所作が多く取り込まれていて、通常のアイドル曲のダンスとは大きく異なっている。和洋折衷というか、こういう難しいダンスを可能にしたのは、彼女たちの高いダンス能力であろう。この和洋折衷さは衣装にも表れている。

 

 以上から私は、この曲に、日本と西洋、前近代と現代、をコラボさせ、新しい文化を創り出そうとする、プロデューサーとしての、つんくの意欲的な挑戦心と遊び心を感じる。

 

 ちなみに、私がハロプロDDとなる、一番最初のきっかけとなったのは、この曲のMVを、古典の授業で使う材料を探している際に偶然、見つけたことである。この曲によって、私のアイドルの音楽への評価は大きく変わった。

 

 本格的にハロプロにはまったのは、第2、第3のきっかけのせいであるが、この「江戸の手毬唄Ⅱ」こそ、私をハロプロに誘導してくれた、印象深い曲である。

 

歌詞と動画は以下で参照できます。

www.kasi-time.com

 

 

 

 

次々と事は起こるが。

 ハロプロに次々と事が起こっています。その出来事に即時的に評価を下して、コメントを書いたり、ブログに上げたりしている人も多くいますが、私はそれとは距離を取り、時間がいくらか経過した上で、自分としての解釈を示そうと考えてます。

 だから、今回の藤丼の事に関しても、今は言葉は出さずに、自分の考えを温めることに専念しようと思っています。

 

 さて、前回は、カンガルーに対して、新しい方針が示された時の、私の解釈を示しましたが、今回は、ハロプロ新体制の動画についての、解釈を示してみたいと思います。

 

 まず、こういう発表をエンターテインメントとして行うのか、事務的な連絡として行うのか、という問題があります。

 これについては、Juice=Juiceのメンバーの発表以降、恒常的に、エンターテインメントとして行われてきました。ハロプロのファンにはDDが多いため、メンバーやグループの追加や卒業については、関心を持つ者も多く、だからこそ、イベントとして盛り上げる形で行うことで、1グループの枠内だけに、情報をとどめずに、世間的にも認知を広げようとする、というのは、妥当なことだと考えます。

 

 ただし、エンターテインメントとして行う上では、もっと計画的な計算や演出が必要であるわけですが、今回のメンバー追加の3グループのリーダーへの知らせ方や、各グループのメンバーへの紹介の仕方が三者三様で、いずれにも、いくらかの混乱が見えていました。ドッキリ仕立てという枠組みを守ろうとして、秘密厳守で動きすぎたための結果かと思いますが、欲張りすぎて失敗していると思います。

 

 アンジュのかっさーに発表したような形で、各グループのリーダーには前もって示して置いた上で、本人たちのみにドッキリ仕掛けをするというのであれば、ファンたちの反応も、もっと違った形になったのではないかと思います。

 

 次に、カンガルーをばらばらにしたことに対しても、様々な考えが示されてましたが、これはカンガルーに対する最初の体制の変化自体が、誤解されたままの上に立っての評価が多かったと思います。

 これについては、前回同様に、あるものに投稿した私のコメントを、示させてもらいます。

 

「 カントリーガールのオタクたちに、更に他のグループのオタクにも申し上げます。今回のこの兼任は3年後の壮大な計画のための布石と考えられます。会社側は、ももちの育てたカントリーガールズをとても信用し、そして実力を信じているからこそ、更に3年後の期待を込めて、今回のようなことをしたのだと、今回の配置や組み合わせを見て確信しました。


 まず3人をばらばらにした上で、モーニング娘。アンジュルム、juice=juiceに1名ずつ配置し、かつ、モー娘。以外には研修生とセットで入れました。これはすごくよく考えられた配置です。


 3年後のカントリーガールズは、大学を卒業し、フリーになったリーダー山木、高校を卒業し、大学に入り余裕ができた小関、という本丸を守ってきた二人に、モー娘。の歴史と精神も備えた森戸、アンジュルムの遊び心も会得した船木、juice=juiceの歌心も体得した梁川が再結集し、いわばハロプロの各グループの精鋭を集めた、今まで存在しなかったような、ハロプロ最高のグループが出来上がるということになるでしょう。そしてその暁には、悲願のアメリカはもとより、世界ツアーが組めるでしょう。それでこそ、カントリーガールズと改名した里田の思いも、カントリーガールズのメンバーたちの思いも、実現すると思われます。今の苦難は将来の発展の布石です。


 なお、アンジュルム、juice=juiceには研修生と一緒に入っているのは、カントリーのメンバーが同期として、カントリーの精神も教えられるとともに、自分達がカントリーに復帰した後も、各グループに影響を与え続けられるように(もちろん各グループの歴史を維持させるためでもあります)という意図だと考えられます。


 また、モー娘。だけが森戸一人となったのは、今回の加入は例外であり、モー娘。の新規は、あくまでもオーデションをした上でのことという、今までの流れを壊さないための措置だと考えられます。


 長くなりましたが、以上のように考えることで、今回のカントリーの一時的な解体や、歴史の古い3グループに一人ずつを割り当てた理由が、合理的な妥当性をもって理解できると思います。」

 さて、Juice=Juiceのメンバーの固定が崩れたことに対しても、批判がありましたが、

「地団太ダンス」を今の彼女たちに歌わせたこと、海外ツアーを打ち出したことと繋げて考えれば、小さくまとまり、歌の向上を目指した段階から、世界に打って出る、よりエンターテイメント性を持ったグループ作りをする段階へと進ませようとし、そのために、梁みんとるるを加えたという、明確な戦略が見えてくるはずです。

 

 流動の時代に生き残れるものは、時代の先を読みつつ、変えるべきところは変え、残すべきところは残すという、柔軟性を持つ者です。

 ハロオタもハローを楽しむためにも、その流動性自体をエンターテイメントとして考えていくことが必要と考えます。

初めましてといきなり

 初めまして。soramiと申します。

 このブログは、進路経済学と国語とハロプロという全く関係ないことについて、調べたり、考えたりしたことを、半分は備忘録として、半分は読んでくれている人に向かって主張するために、作りました。

 この三つのテーマのどれが中心になるかは、気まぐれです。ハロプロ関係が大半になるかもしれませんが、それはそれで御愛嬌ということで。

 

 さて、今回のテーマは、6月に発表されたカントリーガールズの、大きな変化についてです。

 私は基本的にハロプロ全体の箱推しですが、その中でカントリーガールズは、贔屓のグループの一つです。だから、今回の兼任や活動の縮小には驚かされました。

 

 しかし一方で、アップフロント側からの報告に対する、誤読や早とちりに基づく、様々なブログやコメントやまとめサイトのマイナス的な論調は、大いに問題があると考えました。

 

 彼女たちを含め、大勢のタレントを要する、プロダクションとしての責任、かつ、功労者に対する今までの手厚い対応などを考えた時に、アップフロントが、今までのハロプロのタレントの状況や今後の事を考えて、今回の方針を出したのではないかと考えると、腑に落ちることが多いわけです。

 

 そこでそういったマイナスの、しかも、誤解に満ちた、コメントや意見を読んで、意気消沈するかもしれない、最年長のンバーのブログに、そういう見方とは異なる見方があることを示すために、以下のような長い、コメントを投稿しました。

 

 ただ、残念なことに、字数の問題と内容に不適切なものがあると判断されたのか、彼女のブログのコメントとしては、採用されませんでした。

 

 そこでこのブログで、そのコメントを再掲載しておきます。

 

 「新しい体制への移行、おめでとうございます。カンガルーがハロプロの歴史を大きく変える役を与えてもらえたと思っていますので。

 ベリーキューの十数年の中で、会社の役員たちは、成果もあったが、問題点もあったと考えています。それは芸能活動と学業の両立の件です。

 残念ながらベリーキューの大半は大学にも行けず、低学力に留まった人も多かったわけで、そのことが引退後にネックになってきます。

 更に、今は大学進学が当然な時代であり、各グループ内や研修生に大勢の進学希望者や進学を考える時期になっている者がいます。グループの中で、複数の者が大学進学を希望し、その中での選択肢が、卒業しかないと、そのグループ自体が消滅する可能性も高くなります。一方で、大学進学をせずに芸能活動を頑張りたい者も同時にそのグループ内に複数いる場合、その両者が対立することになり、グループの統一性もなくなり、内部から崩壊してしまうでしょう。

 そこで、そういう事態が来ることに鑑み、グループ内を二つに分け、勉強中心組はグループ内に留まり、活動を減らして、勉強に支障ないようにする。芸能活動重視組は、グループ内に留まっているとスキルが伸びないので、進学組が芸能活動中心に戻ってこれるまでは、プロサッカーのシステムのように、他のグループに派遣(レンタル移籍)され、スキルを伸ばしつつ、自分達にはなかったものを取り入れ、時期が来れば戻ってきて、元のグループを活性化させる、このようなシステムを構築しようとしていると考えます。そしてそのシステム採用の第一段として選ばれたのがカンガルーです。

 なぜカンガルーがその対象として選ばれたのか。それは個々人の能力が高いために、他のグループに好影響を与えられるということもありますが、それ以上に、団結力が一番強いので、たとえ一時は別々になっても、元のグループのメンバーとの間で、良い関係を維持できる、そういう存在だと思われているからでしょう。

 今こそ、ももちイムズを体得しているカンガルーが、そしてそのリーダーたる山木さんが、ハロプロの長い歴史をさらに発展維持していくための試金石を担っていると、今回の事を前向きに考えて、カンガルーの一層の発展のためにも、カンガルーのメンバーをまとめていっていただければと、願っています。 これを読んだファンの皆様も、表面的な変化に動揺することなく、カンガルーを支えていこうではありませんか。」

 

 この解釈が正しかったかどうかは、今後のハロプロの各グループで起こってくることとそれに対する会社側の対応で、わかると思います。

 

 もしよろしければ、皆さんのご意見を投稿ください。